江戸三十三観音霊場
江戸三十三観音霊場 済海寺
魚籃坂を引き返し伊皿子の交差点を左折、聖坂が下り始める手前にある第26番周光山済海寺は、門を入ると直ぐ左手に最近普請されたと思われる小さな観音堂が建っている。
右手の奥は墓域になっているが、境内に大きな樹木はなく非常に広々と感じる。
正面の本堂に向かい観音様のお参りと御朱印をお願いすると、観音堂の外からお参り下さいとのこと。
帰り際に応対してくれた女性が「お墓しかないお寺で…」と済まなさそうに話された。
御朱印はこちら。(10月17日参拝)
江戸三十三観音霊場 魚籃寺
伊皿子坂を上りきると道はそのまま桜田通りに向かって魚籃坂の下りとなる。
坂の右手三田4丁目は数多の寺院が建ち並ぶ寺町だが、魚籃坂の中腹に一際目を惹くのが第25番三田山魚籃寺の朱色の山門。
ご本尊の魚籃観世音菩薩は他にあまり例のない乙女の姿をされているそうだが、本堂の山号額(?)に彫られた文字の一部が魚の形をしているのが何とも可愛らしい。
御朱印はこちら。(10月17日参拝)
江戸三十三観音霊場 道往寺
ガイドブックを片手に泉岳寺の前を通る伊皿子坂を上り、坂の途中の高台から右手を見ると第27番来迎山道往寺の屋根らしきものが見えたので、駐車場のようなところへ下りていったらお寺の裏手で行き止まりだった。
伊皿子坂へ戻りその先の交差点を右折して坂を下り、坂の中程で右折をして細い道へ、更にその先でもう1度右折すると正面に道往寺の石段が見えた。
伊皿子坂からだと、角張った『J』の字を書くようにぐるっと回らないと来られない位置にあった。
御朱印はこちら。(10月17日参拝)
江戸三十三観音霊場 梅窓院
今月の江戸三十三観音霊場巡りは青山にある第24番長青山梅窓院から。
東京メトロ銀座線の外苑前駅を地上の青山通りに出ると、目の前から孟宗竹の植え込みが続きその奥に瓦屋根の山門が見える。
山門をくぐると正面が受付で、そこで御朱印をお願いして右手奥の超モダンな観音堂でお参りをする。
御朱印はこちら。
江戸三十三観音霊場 増上寺
今月はまだ江戸三十三観音の巡拝をしていなかったので、天気は余り良くなかったが3ヶ所ほど回ってきた。
都営地下鉄大江戸線・大門駅を地上に出て東京タワーを目印に歩くと、日比谷通りに面して第21番三縁山増上寺の大きな三門(三解脱門)が建っている。
門をくぐると見えてきた本殿は何とブルーシートに覆われて工事中。
札所本尊の西向聖観世音菩薩は本殿から少し離れた小さな堂宇に祀られていた。
御朱印はこちら。
江戸三十三観音霊場 宝福寺
東京は昨日に続いて今日も真夏日だったが、午後の一番暑いときに中野区と杉並区にある江戸三十三観音霊場の札所を回ってきた。
東京メトロ丸ノ内線・方南町駅から歩いて7~8分。第17番如意輪山宝福寺の表参道入口では、中野区教育委員会発行の「路傍の石佛をたずねて」にも紹介されている庚申塔に彫られた青面金剛像が出迎えてくれた。
境内は工事中のようでトラックなどの車両が止まっていたが、本堂、観音堂にお詣りして御朱印を頂くとき、「19番さんは行かれますか?」と聞かれたので「ハイ」と答えると、「ちょっと待って下さい」と言って道順の記した地図とよく冷えたペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
折からの炎天下を歩いて行くのに大変有い頂き物だった。
御朱印はこちら。
江戸三十三観音霊場 真成院
この日の巡拝は出だしが遅かったが、安養寺の参拝を済ませてもまだ日は高いので、もう一寺回ることにした。
神楽坂上の交差点から大久保通りを西に進み、牛込北町の交差点を左折して牛込中央通りを南下。その先のY寺路を右に進み、突き当たりを右に曲がると以前「新宿区の坂巡り」で訪れた「芥坂」(ごみざか)がある。
大日本印刷の敷地を跨ぐごみ坂歩道橋を渡り、更にその先の坂道を道なりに進むと「左内坂」の頂上へ出る。
左内坂を市谷見附まで下り、今度は外堀通りの坂を中央線に沿って上り、四谷見附の交差点を新宿通りへ右折。防衛省の敷地が広いのでぐるっと遠回りをしてしまった。
目指す第18番金鶏山真成院はその先新宿通りから左に少し入った辺り、観音坂の坂下にあった。
8階建てのビルの3階に観音堂があり、鉄扉を開けていただき暗く静かな堂内で1人お詣りさせていただいた。
御朱印はこちら。(6月28日参拝)
江戸三十三観音霊場 放生寺
気を取り直して金乗院から次に向かったのが西早稲田にある第15番光松山放生寺。
直ぐお隣は冬至から節分の日の間に授与される金銀融通の御守り「一陽来復」でおなじみの穴八幡神社だが、ここ放生寺でも「一陽来福」と一文字違いの御守りが同様に授与される。
むかし親類がこの近くに住んでいて、「一陽来復の御守りを買うときは2つあるから気をつけなきゃ駄目だよ」と話していたのを今でも良く覚えている。
それはさておき、事前にnetで調べた情報で、ここの御朱印は1度では頂けないかもしれないと思ってはいたのだが、案の定「今は忙しくて書けないので、半紙に書き置きしたものになります」と言われてしまった。
日を改めて出直す旨告げると、「それなら6月になってから来られた方がよろしいですよ」との事。
三十三観音霊場巡りはスタート直後から前途多難な予感がしていたが、どうもご縁が薄いようである。
このあと次の札所のある神楽坂まで歩く予定にしていたのだが、この日の三十三観音巡りは取りやめることにして、東京メトロ東西線の早稲田駅へと向かった。
江戸三十三観音霊場 金乗院
一昨日は三社祭に行く前に江戸三十三観音霊場を3~4ヶ所回るつもりで出掛けたのだが……。
西武新宿線・高田馬場駅から目指したのは、学習院下近くの第14番神霊山金乗院。
ここは関東三十六不動霊場の第14番札所でもあり目白不動尊も祀られている。
今回御朱印をお願いしたとき、差し出した納経帳を見て「三十三観音でお回りですね」と念を押されたのだが、受け取るときにお寺のパンフレットを1部添えてくれたので「三十六不動を回ったときに頂いてますので……」と遠慮すると、「あっ、間違えました。お不動様で書いてしまいました」と言われてしまった。
これも何かの縁と有り難く次のページに観音様も書いてもらったが、前回文京区界隈を回ったときに第23番の大円寺を既に23ページ目に書いてもらっているので、このまま進むと間でページが一つ足りなくなってしまうことにあとで気が付いた。(どうしよう!?)
御朱印はこちら。(5月17日参拝)
江戸三十三観音霊場 清林寺
家を出るときに、用意しておいたパソコンでプリントアウトした地図、万歩計、賽銭用の小銭を忘れてきてしまった。
定泉寺の近くには江戸三十三観音霊場の札所が5つほど点在しているので、ガイドブックに載っている周辺地図があれば次の札所に向かうのに迷子になる心配はない。
ところが、1本道を間違えて手前で曲がってしまったらこの辺りの一区画の広いこと、一区画に数軒の寺院が建ち並び、右折右折を繰り返し本来曲がるべき道を反対方向から回ったら随分遠回りになってしまった。
第8番東梅山清林寺には、昭和52年に起工された木造の三重の塔が未だに建設途中。
完成した暁にはもう一度訪れてみたいが、完成はいつになるのだろう。
御朱印はこちら。(4月27日参拝)
江戸三十三観音霊場 清水観音堂
お天気が良ければ歩くつもりでいたのだが、生憎の小雨模様なので両国からはJRを利用して上野の第6番東叡山清水観音堂へ。
上野公園の中にあるこのお堂は京都の清水寺と同じ舞台造りになっている。
御朱印はこちら。(3月14日参拝)
江戸三十三観音霊場 大安楽寺
第5番新高野山大安楽寺は、大観音寺から人形町通りを更に北西へ600mほど行ったところにある。
今日はここでお終いにしようと足取り軽く向かったのだが、お寺の前まで来てみると今し方葬儀が終わったらしく、葬儀屋さんが後片付けの真最中だった。
大安楽寺の向かいにある十思公園は江戸傳馬町牢屋敷の跡で、江戸時代最初の時の鐘や吉田松陰先生終焉之地の碑も建っている。
どこからか「吉田松陰死んじゃいや~」と女性の声が聞こえたように感じたのは気のせいか…。
しばらくその公園で待ってみたが、御朱印を頂くことはおろか参拝もままならない雰囲気だったのでそそくさと帰路についた。
今回は4寺を回って御朱印を頂けたのは2つ。
関東三十六不動霊場巡りの時は運が良かったのか、江戸三十三観音霊場巡りは前途多難な予感がしてきた。
江戸三十三観音霊場 回向院
清水寺の次に向かったのが両国にある、第4番諸宗山無縁寺回向院。
仏壇や仏具店の並ぶ浅草通りから国際通りを南に向かい、春日通りを左に曲がり厩橋を渡って隅田川沿いに両国へ。
回向院の本堂に安置されているご本尊は阿弥陀如来だが、境内にある馬頭観音堂に馬頭観世音菩薩が祀られていた。
受付で御朱印をお願いしたら、「お坊さんがいないので半紙に書き置きしたものになります」と言われたので、御朱印は次の機会に頂くことにした。














































































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